ウミマチ・セカラブ(8)

「おつかれさまでした、店長」

「おつかれさま。気をつけて帰れよ」

「はーい。おやすみなさい」

バイトの従業員が全員帰ったあと、戸締りをしてシャッターを下ろし、店の外に出た藤真は、駐車場の輪止めに腰を下ろし、普段めったに吸わない煙草に火をつけた。

ふーっと長い息を吐く。

煙が夜空に広がって消えていく。

子供の頃、どうして大人はこんな、害にしかならないものを吸うのだろうと思った。

でも、今ならすこしわかる。

大人だって、ただ美味しいから吸っていたわけではないのだ。

プップッ

短いクラクションの音が聞こえた。

顔をあげるとフォルクスワーゲンSUV車が、路肩でハザードを出して止まっていた。

運転席の男が、藤真に向かって片手をあげていた。

「花形…」

藤真は携帯灰皿に煙草をしまい、立ち上がった。

「そろそろ終わる頃かなと思って前通ってみたんだ」

車に近づくと、花形が長い腕を伸ばして助手席の鍵を中から開けてくれた。

「送るよ」

「いいのか」

「今更遠慮する仲か」

「それもそうだな」

藤真は助手席に乗り込んだ。

「いつも悪いな」

「全然」

車は夜の県道を走り出す。

「藤真」

しばらくして、花形は視線を前に向けたまま言った。

「なんかあった?」

「え」

「たばこ」

藤真ははっとして花形の横顔を見た。

「すまん、匂うか?」

「いや、それは全然気にならない」

対向車のライトが、花形の眼鏡の縁を照らす。

高校時代から、ささいなこともすべて見透かしてきた花形のレンズ。

「…あったよ」

隠しても仕方がないので藤真は言った。

「そっか」

なにがあった?とすぐに聞かないところが花形らしい。

「いいこと?悪いこと?」

「両方、かな」

「難しいな。なんだろう」

「牧に会った」

「…え」

さすがにその答えは予想していなかったのか、花形は絶句した。

「牧?」

「うん」

海南大附属高校の、牧紳一?」

「それ以外に誰がいるんだよ」

「あいつ、大学時代に事故に遭ったんじゃなかったか?」

あの事故は、翔陽のメンバーたちにも大きな衝撃をもたらしていた。

「ああ。でも、今日10年ぶりに会ったら、ふつうに仕事してた。すっかり営業マンが板についてたぜ」

「…それで、おまえ、どうした?」

「どうしたって?」

「牧となにか話したのか?」

藤真は首を振った。

「しない」

「なんで?」

「あいつ、おれに『はじめまして』って言ったんだ」

花形が息を飲んだのがわかった。

「まだ、記憶を失ったままなんだ」

「まじか…」

花形は天を仰いだ。

「たしかにそれは『両方』だな」

「だろ」

「ショックだった?」

「いや」

藤真は笑って首を振った。

「『忘れた』って言われるくらいなら、『はじめまして』のほうがましだ」

「…そうか」

それきり花形は黙った。

 

 

 

(9)へ続く